人はどれだけ高く上がり、どれだけ早く落ちることができるか

それを気球で。

人類初の宇宙飛行士はソ連のユーリィ ガガーリン大佐だが、それより先に限りなくいや宇宙に到達した人たちがいた、気球で。

ロケットエンジンやジェットエンジンの登場でそれまでのレシプロ・プロペラエンジンでは到達できない超高高度に到達できることがわかると、今度はそういった超高高度における人体への影響、特に宇宙線の影響を調べる必要が出てきた。そのためにアメリカ空軍で実行されたのがプロジェクト マンハイだ。

当時まだ、成層圏上層に到達できる航空機は無く、観測気球がそこに到達できることがわかっていたので、気球でカプセルをつり上げることでそこに人を送り込むことが計画された。

プロジェクト マンハイでは計3回気球が上げられ、1957年8月20日 2回目のマンハイⅡでは高度30,900 mまで上昇し、人類初めて地表から30km異常の超高高度に上昇した。パイロットはデイヴィッド・サイモンズ少佐。ガガーリンが宇宙にロケットで上がる4年前のことだった。

プロジェクト マンハイで一定の成果が出た後計画されたのが、プロジェクト エクセルシオだった。このプロジェクトは高高度を飛行する機体からパイロットが安全に脱出する方法をみつけることだった。

1960年8月16日、プロジェクト エクセルシオ3回目の飛行で、プロジェクト マンハイ1回目のパイロットだったジョゼフ キッティンジャー大尉(当時)はプロジェクト マンハイで記録した最高高度を塗り替える’31,300mに到達すると、12分間降下予定地点に移動するまで待ち、そして降下した。降下時間総計は13分45秒。最高降下速度はM0.9に到達した。キッティンジャーは無事帰還し、プロジェクトの目的を達成させた。

ただこれだけの功績を挙げた両計画だったが、当初予算確保に苦労するほど空軍内でもあまり評価されていない実験だった。キッティンジャーの降下成功は彼とこの計画に対する注目を集めたが、翌年、ソ連のガガーリンがすべてを吹き飛ばした。NASAは彼らの成果を事実上無視しして宇宙計画を実行し、人々の記憶からも消えていった。

それから50年以上たった今年、誰もがキッティンジャーの功績を忘れたいま、キッティンジャーの持つこの高高度降下記録を破ろうという人間が現れた。

フェリックス バウムガートナーである。

1969年生まれのこのオーストリア人は16歳でスカイダイビングを始め、軍のデモンストレーターをつとめた後、1988年以降はレッドブルでスカイダイビングのデモンストレーターをつとめながら、低高度降下、高高度降下技術の研鑽を積んだ。

2012年3月15日、キッティンジャーも見守る中、バウムガートナーはまず、最終計画の前段階として高度21.8kmの高度まで気球で上がり、そこからの降下を成功させた。最高降下速度は586.4kmだった。

本番は8月。高度37,000m、最大降下速度M1.0をめざして。

彼が作るであろうこの記録も、結局通過点に過ぎない。彼の先には大気圏外からのジャンプを行う誰かが待っていることだろう。

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