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バイデン新政権の真の課題は単なる脱トランプではない(会田弘継関西大学客員教授・ジャーナリスト) -マル激

バイデン新政権の真の課題は単なる脱トランプではない(会田弘継関西大学客員教授・ジャーナリスト) -マル激

以下は自分用メモです。ぜひ上リンクから本編をご覧ください。月550円で毎週このレベルの内容を見られるはすごいことです。

米国の19世紀の大衆党に始まる大衆運動と保守思想の歴史から、現在の米国の保守思想について理解できました。米国における移民排斥の始まりが単なる人種差別ではなく、資本家が連れてきた安い労働力である移民から自分たちの職を守るという労働闘争だったということは意外でした。これは、2016年の大統領選挙でトランプに票を投じた多くの人たちが持っていた恐怖と同じです。

また、現在に通底する保守思想の一つの流れである日本ではほとんど知られていないジェームズ・バーナムとサミュエル・フランシスという2人の思想家が唱えてきた、アメリカの伝統的な保守主義批判について多くが語られ、バーナムは官僚支配の共産主義国家も、大企業支配の資本主義国家も、最終的にはエリート・テクノクラートが権力を握り、彼らに支配されることになり、一般大衆は彼らに利用、搾取されるだけだと説いた。そして、エリート支配下で搾取に喘ぐ労働者を取り込むために「ポピュリスト経済政策」を採用するのが、アメリカの保守政治が本来向かうべき道だと主張しました。しかし、これは大企業優先の保守本流からは異端扱いされ排斥されてきました。バーナムの教えを受けたフランシスは、1990年代に採算性党の候補として立候補したパッド・ブキャナンの思想的な支援者となり、ブキャナンが主張する「保護貿易、移民排斥、アメリカ第一の孤立主義」のネタ元になりました。この時のブキャナンの「アメリカ・ファースト」政策が、昨今のトランプのMAGA(Make America Great Again)にそのまま引き継がれていることがこの番組で示されます。

現在の米民主党は、すでに労働者の党ではなく、90年代から非製造業大企業、具体的にはITと製薬・バイオ、金融などの大企業のための党になっていて、民主党政権によってグローバル化が進められることにより、民主党の支持母体であった製造業の労働者が苦しめられ、格差が広がるというねじれが生まれました。つまり、かつて民主党の支持母体であった多くの製造業労働者たちは、共和党主流派からも、民主党主流派(エリート民主党)からも見捨てられたような存在になっていました。この「民衆」をMAGAによって動員できたのがトランプでした。このトランプが取った7600万票の相当部分は、その真逆にいるはずの民主党左派のバーニー・サンダースが大統領候補だったら民主党が獲得できていたかもしれないものです。なぜならこの「民衆」自体は従来的な右か左かではなく、エリート対民衆という対立意識を持ち、自分たち民衆の声に傾けてくれる政治家を欲していたからで、バーニー・サンダースは民主党の中でまさにその声を聞いた政治家だったからです。

つまり、バイデンが真にアメリカの融和を実現したいのであれば、5000ドルのスーツやプラダの服を着たエリートが一段高いところから「私はすべてのアメリカ人のための大統領になります」と訴えるだけではだめで、この格差問題に対する何らかの解をもたらさなければならないということです。それは、バーナムやフランシスが唱え、ブキャナンが大統領選挙として既存政党の候補者に対するアンチテーゼとして主張した政策を参照せざるを得ないのではないかということです。また、バイデンがこれをできなければ、2年後の中間選挙で民主党の敗北は避けられないだろうし、4年後にはトランプか、トランプ自身は戻ってこなくても、名前は変わるだろうがトランプ現象が再興することは間違いがありません。

一方、本邦では、ロスジェネ世代と呼ばれるように、格差がしばしば世代間格差に置き換えられるけれども、実際には米国と似たような格差構造を形成しています。しかしながら、それを体系付け、運動となるような仕掛けを作るような思想家が現れず、民衆の政治参加意識も希薄で、それ故にトランプ現象のような大きな民衆運動は起きていませんが、いずれ、本邦でもこの問題に手を付けなければ、トランプ現象の日本版が起きないとも言えないし、そもそも社会が維持できず、それ故にエリート層もエリート層ではいられずに、社会全体の没落は免れられないのでしょう。しかし、本邦の政治リソースにそれができる望みがありません。そういう意味でも、まだ米国のほうが希望があるなと若干羨ましくもあるのです。

BBCニュースによる大統領就任式での詩人アマンダ・ゴーマンによる「The Hill We Climb」(私たちが登る丘)の全訳

米ワシントンで20日に行われたジョー・バイデン氏の大統領就任式で、カリフォルニア州ロサンゼルス出身の詩人アマンダ・ゴーマンさん(22)が、就任式のために書き下ろした自作の詩「The Hill We Climb」(私たちが登る丘)を約5分半にわたり朗読した。

情報源: 【全訳】「私たちが登る丘」 22歳の詩人が大統領就任式で朗読 – BBCニュース

バイデン大統領の大統領就任式で印象深かったのが、詩人アマンダ・ゴーマンさんによる詩の朗読でした。2036年の大統領選挙に出馬するという野心も持った若き秀英なる詩人の朗読は、英語であっても感動的でした。こういう若い人を見ると、彼の国にはまだ希望があると思えるのです。(そして自分たちの足下を見て安穏たる気持ちにもなります。)

自分なりに訳したものの、こうしてBBCによって全訳されたのはありがたいですね。

藝人春秋2文庫化記念? 水道橋博士 X 町山智浩対談


藝人春秋2 ハカセより愛をこめて (文春文庫) (日本語) 文庫
水道橋博士 (著)
価格: 935円
文藝春秋 (2021/2/9)


藝人春秋3 死ぬのは奴らだ (文春文庫) (日本語) 文庫
水道橋博士(著)
価格: 935円
文藝春秋 (2021/3/9)

水道橋博士さんの藝人春秋2が文庫化(上)されるに当たり町山智浩さんが解説を書くことになり、その解説ネタを作るための(?)対談。Mankのハーマン・J・マンキーウィッツが水道橋博士だという話から始まり、石原慎太郎、橋下徹、見城徹という自己愛の強い人の話、それと絡んでこの本の内容にもあるボーイズという製作会社が大阪維新の会を作り上げ、それを国政に持ち込もうとして製作しているニュース女子や虎ノ門ユースの話、DHCの差別問題を文春以外が取り上げないことなど、とにかく面白く知的な何かが刺激される対談だったので見て欲しいし、藝人春秋2も大変面白いのでぜひ買って読んでください。

私の単行本の書評はこちら

私家版 Git For Windowsのインストール手順 更新(Ver. 2.29.0)

私の独断と偏見によるGit for Windowsのインストール手順です。 Git for Windowsのダ…

情報源: 私家版 Git For Windowsのインストール手順 | OPCDiary

重い腰を上げて、Ver. 2.29.0の更新にあわせて内容変更しました。

ホンダのF1撤退について #F1jp #F1DAZN

F1 アイフェルグランプリの1日目が雨で流れて悔しいので書く。

ホンダは基本的に4輪では北米以外では大衆車ブランドなので、レースを続けること自体が直接マーケティングにならない。勝ったからってNSXが売れてくれるわけじゃないし、F1に勝ったからFIT買おう、NBOX買おうって話にもならない。そしてトヨタやルノー・日産アライアンス、FIAT・クライスラーのような超大企業体でもなく、結局、ホンダの企業規模で株主に対して投資対費用効果をKPIとして示していこうとしたときにホンダにとって今のF1 PUは、ブランディング、マーケティング費用としては高すぎるって事です。「技術開発」と言ったところでF1 PUで行われた技術開発って、市販車にそのまま持ってこられるような物はまず無いわけで、技術開発としては、はっきり言って投資対費用効果という面では、F1のPU開発はポンコツなわけです。メルセデスですら、AMGブランドのブランディングだと言い訳が必要なぐらいに。そんな中でも、ホンダが国内でSuper GTとSuper Formulaを「技術開発」を名目に続けていることがそれだけですごいことだし、奇跡みたいな話なのですよ。クドイですけどホンダの規模で。しかも二輪の世界トップカテゴリもやりつつですよ。

じゃ何故アメリカではって話になるけど、アメリカでレースをホンダが続けられるのは、単に売り上げがあり(日本国内と欧州を足したものより多い)高級車としてのAcuraブランドもあるので、ブランディングとしてのバジェットとベネフィットがちゃんとあるから。早い話がNSXを買ってくれる客が北米にはいるからです。

という事で、ホンダのF1撤退は、ホンダを応援していると言いつつホンダの車を買わなかったオレ達の責任です。

日本学術会議のこと – tanukinohirune

日本に限ったことではありませんが、現代世界の政治的指導者の多くは、あるべき国家についての明確なビジョンを持っていません。興味がないのです。彼らに興味があるのは自己の政権の維持です。そのためには何でもします。だから保守だとか左翼だとか、イデオロギー的な装いは全部ダミーであって、そのレベルでいくら攻撃しても彼らは無傷です。理念を持たないのですからね。彼らは「悪人」ですらありません。国民を貧困に陥れようとか、文化を思うままに支配しようとか思っていない。そんなこと、どうでもいいのですね。彼らの政策を説明するためにしばしば参照される「新自由主義」という言葉は、「主義」とあるからまるで一つの政治理念のように聞こえますが、実は「理念の徹底的排除」という意味なんです。理念が消滅した後に残るのは、目的合理的な行動の最適化だけです。

情報源: 日本学術会議のこと – tanukinohirune

存在の耐えられない軽さ。日米ともあまり変わらない。欧州、特に北欧と仏独はなんとか踏ん張っているように思う。

「DXって何じゃらほい?或いは2025年の崖っ淵に向かって熊とワルツを踊る刹那について」を読んでいる途中で意識が飛んだ

何週間か前のこと、急にエンプラっぽくないAIベンチャーの社長さんからメッセで飲みに誘われ、秋葉原の焼き鳥屋さんでDXとやらについて聞かれて、とりあえずこのレポート読んどけと返しつつも考えちゃった訳です。Direct Xとか、よくテレビに出てるマツコの方じゃなくて「2025年の崖って実際どうなんだ?」とか何とかオッサンたちから相談される話あるじゃないですか。あれって何なんですかね?オンプレをクラウドにリフトしたらDXなのか。華麗にk8sやらコンテナ使いこなしてCIパイプライン組み立ててテスト自動化したらDXなのか、だいたいDigital Transformationなのに、どうしてDX

情報源: DXって何じゃらほい?或いは2025年の崖っ淵に向かって熊とワルツを踊る刹那について|楠 正憲(国際大学GLOCOM 客員研究員)

長いよ。

それはさておき、結局20年デフレでも、地震も、水害があっても、このコロナ感染の拡大によっても何も変わらない。みんな変わらないのが良いので、特に政策的に優れているわけでも無い、むしろ社会をめちゃくちゃにする政権がだらだらと8年も続くわけです。このまま実質賃金も下がり続け(ずっと下がり続けているのですよ)、世帯収入の中央値はより右側により(つまり下がり)、一人あたりGDPはとっくにイタリアにも韓国にも抜かれ、二流国、三流国へと落ちていくのでしょう。それもこれも、皆さんが今を変えたくない一心からそうなるわけで。別に変わりたくないのは企業だけなのでは無くて、本邦が持つ社会的な病です。そして恐らくその社会的な病は内戦の無い国を作るために徳川家康が400年前にかけた呪いだと思います。

もう本邦は宮台氏の言うように一度落ちるところまで落ちて絶望を経験しないと新たな目覚めを得られずに、この国は再び立ち上がらないのかもしれない。私が生きている間にその目覚めが来ると良いのですけど。それが無理でも、私より後の世代にその時に立ち上がるだけの余力を残したい。でも無理かなぁ。

ASUS Zenfone Max M2買った

Android確認機と使用していたNuans NEO ReloadedがAndroid 9へのアップデートが無かったり、バッテリーがパンパンに膨らんで持ちも大変悪くなったので買い換えました。

安めでAndroid 9が動くことが最低条件だったので、安めなこれを選びました。おサイフケータイはありませんが、私の場合はそこは必須では無いので特に選択には影響しません。また、WiFiが5GHz帯に対応していないので、そこが気になる人は気になるかもしれません。

この端末は主にSNSと動画ストリーミングとデバッグが主な用途なので、それに関しては問題無い性能だと思いました。

安めでそこそこの性能のAndroid端末をお探しの方にはおすすめです。