経験的知識の限定性と開発プロセス

Radium Software Development – The Semblance of Proof

経験的知識の限定性

件の記事は軍事史について述べられたものだが,その最重要点を以下のように一般化したい。

全ての経験的知識は,背景となる文脈から切り離された途端に,その意味を失う。

「○○は××で成功したらしい」,「××というものがあって,○○でそれを使ったら上手くいったらしい」……このように経験に基づいた言説は,適切な理由付けが行われれば何らかの意味を持つことができるが,そうでない限りは,その文脈と結び付けられることによって辛うじて意味を持ちうるものである。しかし往々にして,人々はその文脈を無視して経験的知識を引き合いに出す傾向があるように思われてならない。

このことですぐに思いつくのが、開発プロセスについて語られることだ。ある開発プロセスが適応されて成功したと言うときに、「UPを使用したからあそこは成功したらしい。」「ソフトウェア看板で工程管理がうまくいったらしい」これらはそれらが実施されたソフトウェア開発プロジェクトの実態、規模、人的な要因、そのプロジェクトと顧客(エンドユーザー)との関係が切り離された状態で語られている事が、雑誌の特集記事を含めて多いと思う。

成功した開発プロセスが自分たちの開発プロセス適応できるどうかは、その背景にあるプロジェクトの状況が自分たちのプロジェクトと合致するのかどうかを良く検証した方が良いだろう。

今回は開発プロセスでこの話を書いたが、RDBMSのチューニング、コーディング上のテクニックこういった物も、それが実施された背景、必要債が何であったかを同様に確かめてから適応することを考えた方が良いと思う。

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