デスクトップの緩慢な死

要するに、WPFアプリ/Windowsフォーム・アプリは現実には今後も長く使われ続けるだろうが、「マイクロソフトにとっての投資対象からは外れた」ということである。残念だが、デスクトップ世界は成長産業としては幕を閉じたのだ。

引用元: Visual Studio Express 2012から見える「デスクトップ世界の終焉」 - @IT.

基本的に上はいわばマイクロソフトの願望であるし、彼らにとってのビジネスの見通しでもある。

そもそも「デスクトップ」とはなんだろう。

「デスクトップ」は1970年代の終わり頃Xerox PARCにおいて暫定Dynabookで生まれ、Machintoshで一般的となった「メタファー」で、マルチウインドウ、アイコン、プルダウンメニューとそれぞれの「メタファー」と合わさってGUIそのものとして見なされてきた。

現行の「パーソナルコンピューター」のOSが持つGUIはMachintohでもWindowsでもX11でもデスクトップは存在している。それが当たり前だと思われてきたからだ。

しかしながら近年は「デスクトップ」を持たない、個人が使用するコンピューターのようなものの普及が著しい。「タブレット」で乱暴にひとくくりにされるiPadやAndroidタブレット、スマートフォンでは一見パーソナルコンピュータと同じGUIを持っているように見えるが、そこにはデータを気軽に置いて共有できるデスクトップもないし、機能が網羅されたプルダウンメニューもほぼ無いし、オーバーラップするマルチウインドウも無い。実際にはGUIとしての共通言語はパーソナルコンピュータのGUIとはそれほど共有していない。

タブレットは「パーソナルコンピュータ」の延長線上には無いのだ。

そもそも「パーソナルコンピュータ」と「タブレット」との明確で大きな違いは自己記述性があるかどうかだ。多くの人にとってはあまり違いは無いが、自己記述性こそが決定的な違いであり、これらが一見似ていても全く別の装置にしている。

「パーソナルコンピュータ」は自分の上で動作するソフトウェアを自分の上で開発することができる。これは特定OSの上で動作するソフトウェアだけでは無く、ライナスがLinuxを作ったようにOSすら作成できるのが「パーソナルコンピュータ」であり、自己記述性があるからこそ汎用コンピュータを名乗れるのだ。

「タブレット」はよそで作られたソフトウェアを「再生」させることは出来ても、ソフトウェアを作成することは出来ない。ましてや、自分のOSを自分の上で作ることなどほぼ不可能だ。「タブレット」はコンピューターでは無く、アプリケーションプレイヤー(再生装置)でしか無い。

しかしながら、今勢いがあるのは、そのアプリケーションプレイヤーである「タブレット」の方だ。多くの人にとっては「パーソナルコンピュータ」はアプリケーションプレイヤーでしか無く、それに満足している人にとってはパーソナルコンピュータの持つ自己記述性は過剰であり、わかりにくさや、使いにくさ、セキュリティ的な懸念の原因にしかなっていないと思われている。

このタブレットの勢いにより、いまは、「パーソナルコンピュータ」が産業として生き残れるかどうかの岐路にある。マイクロソフトは文字通りマイクロコンピューターを使用したパーソナルコンピュータとともに成長した会社であり、今でもパーソナルコンピュータの会社なのだ。パーソナルコンピュータの衰退はイコールマイクロソフトの衰退なのだ。このチャンピオンはここらで挑戦者に反撃に出なければならない。チャンピオン「パーソナルコンピュータ」はまだコーナーまでは押し込まれていないものの、挑戦者「タブレット」の猛攻でロープに向けて押され始め、ジャブを浴びている。チャンピオン側は少なくとも防衛を果たすためにはそろそろクリーンなストレートを打って反撃に出なければならない。おそらくそのストレートがWindows 8なのだろう。

しかしながら、チャンピオンは挑戦者の猛攻を押さえ反撃に出るためにWindows 8に挑戦者のスタイルを取り入れることにしてしまった。もはや「デスクトップ」は過去のオールドファンのためのものであり、その大事な自己記述性も同様に過去のオールドファンのものとしてしまい(消毒済みしかインストールでいないなんて!)、OSも勝手に変えられないようにしてしまった。僕らの大好きなチャンピオンはそこにはもういないのか!

もういないのかもしれない。

画期的であった「デスクトップ」も、コンピュータがデスクトップを離れ、コンピュータでは無くなっていくことで、ゆっくりと、しかし、確実に死を迎えていくのだろう。「パーソナルコンピュータ」とともに。

でも、ぼくらは何を使ってプログラミングするの?

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