実行可能な知識とソフトウェア 最終回

実行可能な知識とソフトウェア(12) アーキテクト再考
今回が最終回。
知識表現としてのソフトウェア。
ソフトウェアアーキテクチャとは世界観だと思う。アーキテクトがその対象の中に見る世界観。その世界観を共有し、伝達するには何が必要なのだろう。また共有されるべき世界観を構築するためには何が必要だろう。
マインドマップ、コンセプトマップ、偏愛マップ、DSLと方法はあるんだけれども完璧なものはないだろうし、最終的には言語が表現の壁になってしまう。
この他者に自己を理解させるという、有史以来の難題を僕らは抱えたままだ。
筆者の山田氏も答えを出していてくれてはいない。
でも僕らは別の方法を再生産し、また性懲りもなく、他者に理解させようとソフトウェアをつかって試みるに決まっているのだけれど。

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